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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)394号 判決 1988年10月28日

甲事件原告兼乙事件被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松多昭三

右訴訟代理人弁護士

柏木秀夫

大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

石川武

右訴訟代理人弁護士

坂東司朗

エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

右日本における代表者

堺高基

アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

猪谷千春

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

藤野弘

右三名訴訟代理人弁護士

宮下明弘

宮下啓子

株式会社ボース工事センター

右代表者代表取締役

八巻栄三郎

甲事件原告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川村忠男

乙事件被告

井上豊伸

右三名訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

甲事件被告、乙事件原告

和田守

左沢洋二

右両名訴訟代理人弁護士

小野紘一

甲事件被告

古賀久雄

安保一秋

主文

(甲事件)

一  別紙交通事故目録記載の交通事故に関し、

1  原告東京海上火災保険株式会社の被告和田守に対する別紙保険契約目録(一)の一記載の、被告左沢洋二に対する同目録一及び二記載の、被告安保一秋に対する同目録一及び三記載の並びに被告古賀久雄に対する同目録一記載の、

2  原告大正海上火災保険株式会社の被告和田守に対する別紙保険契約目録(一)の四記載の、

3  原告エイアイユーインシュアランスカンパニーの被告和田守に対する別紙保険契約目録(一)の五記載の、被告左沢洋二に対する同目録六記載の及び被告安保一秋に対する同目録七記載の、

4  原告アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニーの被告和田守に対する別紙保険契約目録(一)の八記載の、

5  原告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニーの被告左沢洋二に対する別紙保険契約目録(一)の九記載の及び被告安保一秋に対する同目録一〇記載の保険契約に基づく保険金の支払義務はいずれも存在しないことを確認する。

二  別紙交通事故目録記載の交通事故に関し、原告株式会社ボース工事センターの被告和田守、被告左沢洋二、被告安保一秋及び被告古賀久雄に対する各損害賠償債務はいずれも存在しないことを確認する。

三  被告和田守は原告エイアイユーインシュアランスカン ニーに対し一五万二〇〇〇円、原告千代田火災海上保険株式会社に対し二二〇万八五四〇円及びこれらに対する昭和五九年二月一日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

四  被告左沢洋二は原告千代田火災海上保険株式会社に対し一八〇万七九九五円及びこれに対する昭和五九年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告安保一秋は原告千代田火災海上保険株式会社に対し六〇万円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告古賀久雄は原告千代田火災海上保険株式会社に対し三三〇万六九七〇円及びこれに対する昭和五九年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

七  訴訟費用は、被告らの負担とする。

八  この判決は、三ないし六項に限り仮に執行することができる。

(乙事件)

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告和田守(以下「原告和田」という。以下、略称は特にことわらない限り甲、乙それぞれの事件限りのものである)に対し、

(一) 被告株式会社ボース工事センター(以下「被告ボース工事センター」という)及び被告井上豊伸(以下「被告井上」という)は各自、四〇三万六三四〇円及びこれに対する前者については昭和五九年七月一日から、後者については昭和五九年七月五日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を、

(二) 被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という)は二〇一万円及びこれに対する昭和五九年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(三) 被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告大正海上」という)は二〇一万円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(四) 被告エイアイユーインシュアランスカンパニー(以下「被告エイアイユー」という)は五一万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(五) 被告アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー(以下「被告アメリカン・ホーム」という)は五七万円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

2 原告左沢洋二(以下「原告左沢」という)に対し

(一) 被告ボース工事センター及び被告井上は各自、二九九万二九〇〇円及びこれに対する前者については昭和五九年七月一日から、後者については昭和五九年七月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(二) 被告東京海上は三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(三) 被告エイアイユーは三九万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(四) 被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「被告アメリカン・ライフ」という)は五六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 1、2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 事故の発生

別紙交通事故目録記載の交通事故(以下甲、乙事件を通じ「本件事故」という)が発生した(以下、甲、乙事件を通じ同目録三記載中の普通乗用自動車を「和田車」といい、普通貨物自動車を「井上車」という)。

2 受傷内容と入・通院の経過

被告和田守(以下「被告和田」という)、同左沢洋二(以下「被告左沢」という)、同安保一秋(以下「被告安保」という)及び同古賀久雄(以下「被告古賀」という)は、和田車に同乗中のところ、本件事故によりそれぞれ以下のとおり受傷し、その治療のため入・通院した旨主張している。

(一) 被告和田

(1) 頸椎捻挫、腰椎捻挫

(2) 昭和五八年八月六日 井上外科胃腸科病院に通院

(3) 昭和五八年八月八日から同年一一月二九日まで 長谷川病院に入院

(二)被告左沢

(1) 右前額部打撲傷、頸椎捻挫、右肩鎖関節捻挫

(2) 昭和五八年八月八日から同年一一月九日まで 長谷川病院に入院

(三) 被告安保

(1) 後頭部打撲、頸椎捻挫、左大腿部股部打撲

(2) 昭和五八年八月六日から同年一〇月一四日まで 井上外科胃腸科病院に入院

(四) 被告古賀

(1) 頸椎捻挫、後頭部打捻、内膝打撲、背部打撲

(2) 昭和五八年八月八日から同年九月八日まで 井上外科胃腸科病院に入院

(3) 昭和五八年九月九日から同年一二月八日まで 長谷川病院に入院

3 当事者らの地位

(一) 原告千代田火災海上保険株式会社(以下「原告千代田火災」という)及び同株式会社ボース工事センター(以下「原告ボース工事センター」という)を除くその余の原告らは、被告和田、同左沢及び同安保との間で別紙保険契約目録(一)記載のとおり保険契約を締結している。なお、被告古賀は同目録一の搭乗者傷害保険の被保険者たる地位にある。

(二) 原告千代田火災(保険者)は訴外株式会社東京ボース工業社(被保険者、以下「東京ボース」という)との間で、同会社の所有に係る井上車につき本件事故を保険期間内とし、保険金額を対人賠償責任保険が一億円、搭乗者傷害保険が一〇〇〇万円、対物保険金額が三〇〇万円とする自家用自動車保険契約(以下「本件自動車保険」という)を締結した。

ところで東京ボースは井上車を原告ボース工事センターに貸与中のところ、同原告の従業員である乙事件被告井上豊信(以下「井上」という)が右車両を運転中本件事故に遭遇したものである。

したがって、原告千代田火災は自家用自動車保険普通約款第一章賠償責任条項第三条第一項第三号第一により、原告ボース工事センターが被告らに対し法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補すべき地位にある。

(三) 原告ボース工事センターは井上車を保有し、自己のため運行の用に供していた者であり、また、井上が同原告の業務に従事中本件事故が発生したものであるから、被告らに対し自動車損害賠償保障法(以下甲、乙事件を通じ「自賠法」という)三条、民法七一五条により損害賠償責任を負うべき地位にある。

4 保険責任、損害賠償責任の不存在

原告らは、以下に述べるとおり、いかなる観点からも本件事故につき前記3の保険責任、損害賠償責任を負うものではない。

(一) 故意免責

本件事故は、被告らが共謀の上賠償金及び保険金の不法領得を目的として故意に作出したものであるから、保険金請求については別紙保険契約目録(一)の各保険契約約款にいう「被保険者の故意又は重大な過失」の免責(以下「故意免責」という)事由に、また、損害賠償請求については自賠法三条但書にいう免責事由に該当する事由がある(原告ボース工事センター、井上に過失はなく、井上車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかった)ものというべきである。

(1) 本件不正請求の構造的、組織的背景

昨今、日本民族連合(以下「民族連合」という)等いわゆる右翼団体の構成員あるいはその影響下にある者が交通事故を意図的に作出して受傷を仮装し、あるいは偶発的な交通事故の発生を奇貨として法外な賠償金、保険金を騙取、喝取しようとする事犯が続出している。また、民族連合等は不特定多数の交通事故被害者から依頼を取りつけ、示談に介入して多額の報酬を取得し、これらを生活費や運動資金としている。本件事故もかかる社会的背景の下で、右翼団体の構成員あるいはこれと親交のある被告らが共謀の上仕組んだ事故である。

すなわち、被告古賀は民族連合の加盟団体である日本青年雄志会(以下「雄志会」という)の事務局長の地位にあり、被告和田、同左沢及び同安保は、本件事故前共に訴外株式会社グリーンキャブ(以下「グリーンキャブ」という)にタクシー乗務員として勤務していた雄志会会員である訴外祖父江昭彦(以下「祖父江」という)と交友がある。のみならず、被告和田は、本件事故前の昭和五八年一月一一日(以下「昭和五八年一月の事故」ということがある)、祖父江と共謀の上被追突事故を越こして多額の賠償金、保険金を取得し、恐喝罪で実刑判決を受けて服役しているところ、被告左沢及び同安保は祖父江から右取得金の一部の貸付けを受けているほか、本件事故の賠償請求等につき、被告左沢は民族連合会副議長でかつ雄志会会長である訴外佐藤実(以下「佐藤」という)に休業損害証明書の取得方を依頼し、また、被告安保は祖父江を代理人として保険会社に対する請求を行っている。なお、昭和五八年一月の事故前、グリーンキャブの同僚であった訴外山本洋一(以下「山本」という)が保険金騙取の目的の下に他のグリーンキャブの同僚と組んで本件と同様の被追突事故を起こし、後に詐欺事件として実刑判決を受けているが、被告和田は山本とも親しい間柄にあったものである。更に、同被告は、祖父江が昭和五九年二月二五日に起こした保険金目的の別の交通事故(以下「昭和五九年二月の事故」ということがある)に関し、自らは加わらなかったものの、他の共謀者らに加担をそそのかすなどしている。

(2) 被告らの資力と付保状況の不自然さ

被告らは、本件事故直前に多数の保険に集中して加入しているが、当時の被告らの資力の程度と合わせ考察すると、かかる付保状況は本件事故を予定したものとみない限り、到底合理的説明のつかない不自然なものというべきである。

すなわち、被告和田は昭和五八年一月六日から同年六月一〇日までの間に別紙保険目録(二)の一記載の六件の保険に、被告左沢は昭和五七年一二月一日から昭和五八年七月一日までの間に同目録の二記載の七件の保険に、被告安保は昭和五八年六月一日から同年七月一日までの間に同目録の三記載の四件の保険に、被告古賀は昭和五七年七月一五日から昭和五八年六月一〇日までの間に同目録の四記載の五件の保険にそれぞれ加入しているところ、右自体尋常ではない付保状況である(なお、被告らは右保険契約申込みの際他の同種保険契約の締結状況の告知ないし通知義務があるのにこれを一切怠っている)。のみならず、右に要する保険料は被告和田が月額一〇万六一四五円、被告左沢が同一〇万四四八六円、被告安保が同六万八九二五円、被告古賀が同七万五〇五五円と、通常一般の個人の保険料としては高額にすぎる上、被告らは左官業あるいはタクシー乗務員としての収入を得るのみであるのに、いずれもいわゆるサラ金業者への借金の返済に追われていたのである(被告和田、同左沢は更に妻子の生活を維持していた)。

被告らの右付保状況がいかに不自然異常なものであるかは明らかであり、本件のごとき交通事故による保険金の騙取の企図なくしては到底説明のつかないところというべきである。

なお、被告らは、被告左沢の前記日本生命保険相互会社に対するもの(別紙物件目録(二)の二1)を除き、その余の加入生命保険契約を本件事故後保険料未納付により失効させているところ、このことは被告らの生命保険加入が専ら付随的な医療保険金の取得を目的としていたことを推認させるものである。

(3) 不自然な本件事故の態様

和田車の運転者である被告和田の供述によれば、同被告が通称環状八号線(以下「環八通り」という)の第三車線(片側三車線のうち最も中央寄りの車線。以下、左側から順に「第一車線」、「第二車線」という)を高井戸方面から瀬田方面に向って走行中、右折専用車線へ進入するのを回避するため第二車線に移ったが、自車の前方を走行する乗用車及び更にその前方のトラックがあまりに低速で走行していたため、瞬時第一車線に移って右二台を追い越そうとしたところ、前方の乗用車もトラックを追い越そうとするする気配をみせ、更にその瞬間右トラックも第一車線に移る気配をみせたため危険を感じ、先行の乗用車に続いて急制動をかけ、ほとんど停止状態になったとき、後方から進行してきた井上車に追突され、本件事故に至ったというのである。

しかし、同一方向に走行中の車両同士においては、先行車によほどの急激な減速、ハンドルの急転把等の事態が生じたのでない限り、後続車が停止に至るほどの急制動措置を採る必要は少しもなく、右のような事態のうかがわれない本件においては被告和田の行動は不自然極まりない異常なものといわざるを得ない。なお、井上車の運転車である井上は第一車線から第二車線に車線変更した直後に必要もない和田車の急制動に遭い、衝突を回避し得なかったと述べており、本件事故は被告らが意図的に作出したものと推定すべきである。

(4) 衝撃の軽微さと受傷の有無

本件事故による衝撃は軽微なものであり、人身傷害が生じるようなものではなかった。にもかかわらず、被告らは本件事故後長谷川病院、井上外科胃腸科病院に長期にわたり入院している(入院中理由もなく不在であったり、外泊を行ったりしている)が、右両病院は共に本件のごとき保険金の不正請求事例にしばしば登場する病院であり、被告らは予め仕組んだ本件事故と連動させ、かかる病院に入院することによって、本件の保険金、損害賠償金の不正請求を企図していたものである。

(5) 訴訟追行の態度等

被告らが真に偶然に本件交通事故に遭遇し、かつ受傷したというのであれば、原告らの故意による事故招致との主張に対しては真摯な訴訟活動によりその防禦がなされて然るべきである。

ところが、本件訴訟においては、被告らのうち特に被告安保は答弁書を提出したのみで期日に一度も出廷することがないという有様である。また、被告古賀及び被告左沢は、本件交通事故に関し、訴外日本生命保険相互会社、同第一生命保険相互会社、同朝日生命保険相互会社、同東京生命保険相互会社から保険金(災害入院給付金)支払債務不存在確認請求訴訟(東京地裁昭和六二年(ワ)第八七〇七号事件)を提起され、適法な訴状送達を受けながら、いわゆる欠席判決で訴訟を終了させている。

(6) 以上の諸事情を総合考察すると、被告らは賠償金、保険金騙取の目的の下に、共謀の上本件事故を故意に作出したものと断ずべきである。

(二) 仮装受傷

仮に百歩譲って、本件交通事故自体は偶発的に発生したものであるとしても、前記(一)の諸事情に徴すると、被告らは共謀の上かかる事故の発生を奇貸として受傷を仮装し、賠償金、保険金名下に多額の金員を騙取しようとしたものとみるべきであり、右金員請求の根拠となるべき受傷の事実はおよそ発生していない。

(三) 保険金支払要件の欠缺

更に百歩譲って、本件事故が偶発的なものであり、かつ、被告らに何らかの身体的異常が出現したとしても、賠償金等の請求の根拠たり得るほどのものではなかったにもかかわらず、被告らは共謀の上軽微な身体的異常の出現を奇貨として生活機能や業務能力の滅失又は減少を仮装するため、その必要もないのに治療を継続し、賠償金、保険金名下に多額の金員を騙取しようとしたものである。

なお、別紙保険契約目録(一)の保険約款においては「傷害の直接の結果として生活機能または業務能力の滅失または減少をきたし、かつ医師の治療を要した」ことが保険金の支払要件となっているところ、右要件の存在は被保険者たる被告らに立証責任があるというべきである。

(四) 以上のとおり、原告らは被告らに対し、本件事故につき何ら損害賠償責任又は保険責任を負うものではない。にもかかわらず、被告らは右責任があるものとして、原告らそれぞれに対し損害賠償又は保険金の支払を求めているのであり、原告ら(原告千代田火災を除く)はかかる金員の支払債務が存在しないことの確認を求める。

5 不当利得返還請求

(一) 保険金の支払

(1) 原告エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社、以下「原告エイアイユー」という)は、本件事故につき別紙保険契約目録(一)の五記載の保険契約に基づくものとして、被告和田に対し昭和五八年一〇月一二日一五万二〇〇〇円を支払った。

(2) 原告千代田火災は、本件事故につき本件保険契約に基づくものとして、本訴提起前各被告に対し次のとおり支払った。

ア 被告和田

治療費   七九万六九四〇円

休業損害  九五万円

車両損害  四六万一六〇〇円

合計   二二〇万八五四〇円

イ 被告左沢

治療費   七六万五一〇〇円

休業損害  九九万二八九五円

雑費     五万円

合計   一八〇万七九九五円

ウ 被告古賀

治療費  一一二万六九四〇円

休業損害 二一八万円

合計   三三〇万六九七〇円

エ 被告安保

休業損害  六〇万円

総合計  七九二万三五〇五円

(二) 悪意の不当利得

右原告両名は、前記4の記載から明らかなとおり、右(一)の金員を何ら法律上の原因なく支払い、同額の損失を被り、被告らは右原因のないことを知りながら同額の利得を得ている。

(三) よって、被告らは、右原告両名に対し、右支払を受けた金員に民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して返還すべき義務がある。

6 以上の次第であるから、原告千代田火災を除くその余の原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり、本件事故について何ら損害賠償支払義務(原告ボース工事センター)及び保険金支払義務(右原告及び原告千代田火災を除くその余の原告ら)の存在しないことの確認並びに原告エイアイユー及び同千代田火災は被告らに対し前記不当利得金の返還(ただし遅延損害金の起算日はいずれも本訴状送達の日の翌日である)を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。なお、右事故発生の具体的場所につき、被告和田及び同左沢は、右場所が環八通りと東名高速道路、首都高速道路の出入路とが交差する交差点よりやや瀬田方向寄りの地点であることを指摘する。

2 同2(受傷の内容と入通院の経過)の事実はおおむね認める。ただし、被告和田は他に昭和五八年一一月三〇日から昭和五九年一月一四日までの間長谷川病院に通院しており、被告左沢は、昭和五八年一一月三〇日から同年一二月一二日まで長谷川病院の事実がある。

3 同3(当事者らの地位)の事実は、いずれも認める。

4 同4(保険責任、損害賠償責任の不存在)の事実については、被告和田につき同被告が(一)(1)のうち昭和五八年一月一一日追突事故に遭ったこと、(一)(2)のうち本件事故当時同原告が左官業を営んでいたこと、被告ら各自につき、別紙保険契約目録(一)の各保険契約約款中、(一)の前文中に指摘の免責条項が定められていること、(一)(2)のうち被告らが別紙保険契約目録(二)の各々の保険に加入したこと及びその負担保険料が原告ら主張のとおりであること、(一)(3)のうち本件事故発生の事実(請求原因1に対する認否の限度で)、(一)(4)のうち各被告らの入院の事実は認めるが、その余の事実は不知ないし争う。特に本件事故が故意招致であるとか、受傷の仮装及び入院の不必要の主張は否認する。

5 同5(不当利得返還請求)の事実については、被告和田及び同左沢は右各被告に(一)(1)、(2)の保険金が支払われたことは認めるが、(二)、(三)の主張は争う。被告古賀、同安保は不当利得の主張を争う。

6 同6の主張は争う。

三  被告和田、同左沢の主張

1 本件事故は遇発的なものであり、かつ、井上車の追突は激しいものであり、同車はラジエターが大破して自力による走行は不可能となった。なお、和田車はその強靱さのため国産のベンツと評価されているトヨタソアラー二八〇〇であるが、にもかかわらず車体の多くの部分に損傷を受け、右事故後は運転時にハンドルが震えたり、斜行するなどの支障が生じているほどである。

右のとおり、追突の衝撃は激しく、被告らは相当の身体傷害を受け、単に被告らの主訴によるのではなく、医師の適正な診断の下に右受傷と治療の必要性を認められた上で入院治療を余儀なくされたものである。なお、入院中若干の不在や外泊が認められるが、いずれも医師の承諾を得ている等正当な理由があったものであり、非難に値いするものではない。

2 被告らは、本件事故当時かなりの保険に加入しているのであるが、右保険の中には自動車損害賠償責任保険があり、更に被告らの妻が被告名義で加入しているものもあるのであって、全体としてみると被告らの付保状況は自然かつ相当なものというべきである。

ところで、被告らの保険加入の背景には各保険会社の激しい勧誘の事実があるのであって、かかる事態を措いて、原告らが同種保険契約の締結状況等の告知ないし通知義務を怠ったなどと論難するのは正義衡平の理念に反するものである。また、生命保険の失効についても、被告らには継続の意思は十分あったにもかかわらず、本件事故に関し保険金支払拒絶の不当な対処を受けたため、かかる入院治療の段になって支給されないような保険契約の継続は意味がないと判断して失効のやむなきに至ったものであって、何ら非難されるべきものではない。

(乙事件)

一  請求原因

1 事故の発生

本件事故が発生した。ただし、事故発生場所は世田谷区玉川台二丁目一二番先路上である。

2 受傷の内容・程度

(一) 原告和田

(1) 頭部打撲、頸椎捻挫、腰椎捻挫

(2) 昭和五八年八月六日通院(井上外科胃腸科病院)

(3) 昭和五八年八月八日から同年一一月二九日まで合計一一四日間入院(長谷川病院)

(4) 昭和五八年一一月三〇日から昭和五九年一月一四日まで通院(実治療日数二九日、長谷川病院)

(二) 原告左沢

(1) 右前額部打撲傷、頸椎捻挫、右肩鎖関節捻挫

(2) 昭和五八年八月八日から同年一一月九日まで合計九四日間入院(長谷川病院)

(3) 昭和五八年一一月一〇日から同年一二月一二日まで通院(実治療日数九日、長谷川病院)

3 損害賠償請求

(一) 責任原因

被告ボース工事センターは井上車を自己のため運行の用に供していた者であるから自賠法三条により、また、被告井上は前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから民法七〇九条により、各自原告らの損害を賠償すべき責任がある。

(二) 損害

本件事故当時、原告和田は左官業を営み、原告左沢はタクシーの運転手として稼動していたものであるが、本件事故により原告和田については別表Ⅰの1総金額欄記載のとおり合計五七八万三二八〇円の、原告左沢については別表Ⅱの1の総金額欄記載のとおり合計四八〇万〇八九五円の損害をそれぞれ被った。

右各損害の填補として、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という)から原告和田は一七四万六九四〇円、原告左沢は一八〇万七九九五円の各支払を受けた。

(三) よって、本件交通事故による損害として、被告ボース工事センター及び被告井上各自に対し、原告和田は四〇三万六三四〇円、原告左沢は二九九万二九〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である被告ボース工事センターについては五九年七月一日から、被告井上については同月五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4 保険金請求

(一) 保険契約の締結等

被告ボース工事センター及び同井上を除くその余の被告らとの間で、原告和田は別紙保険契約目録(一)記載の一、四、五及び八の各保険契約を、原告左沢は同目録記載の一、二、六及び九の各保険契約(ただし、一の契約者は原告和田であり、原告左沢はその被保険者である)をそれぞれ締結し又は被保険者となっている。

(二) 入・通院

原告らは本件事故による傷害の治療のため前記2のとおり、原告和田においては入院一一四日、通院三〇日を、原告左沢において入院九四日、通院九日をそれぞれ余儀なくされた。

(三) 保険金額

原告らが右(一)、(二)により取得した保険金請求額は次のとおりである。

(1) 原告和田(別表Ⅰの2ないし5記載のとおり)

ア 被告東京海上に対し 二〇一万円

イ 被告大正海上に対し 二〇一万円

ウ 被告エイアイユーに対し

五一万六〇〇〇円

エ 被告アメリカン・ホームに対し

五七万円

(2) 原告左沢(別表Ⅱの2ないし4記載のとおり)

ア 被告東京海上に対し 三〇〇万円

イ 被告エイアイユーに対し

三九万四〇〇〇円

ウ 被告アメリカン・ライフ対し

五六万四〇〇〇円

(四) よって、原告らは各自、請求の趣旨記載のとおり保険金の支払とこれに対する右各被告に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1 請求原因1(事故の発生)の事実は、ただし書部分を除き認める。

2 同2(受傷の内容・程度)の事実は、各原告につき受傷名及び入院の事実は認める。通院については原告和田に関する(一)(2)は認めるがその余は不知。ただし、受傷の事実及び右入通院の必要性は否認する。

3 同3(損害賠償請求)は、(一)の責任は争い(ただし、被告ボース工事センターが井上車の運行供用者であること、被告井上が同車を運転していたことは認める)、(二)の損害は不知ないし争う(ただし、自賠責保険からの支払金額は認める)。(三)の主張は争う。

4 同4(保険金請求)は、(一)(保険契約の締結等)は認め、(二)は入院については認めるが、通院は不知(ただし、前記のとおり受傷の事実がなく、入通院の必要はなかったものである)、(三)(保険金額)の事実及び(四)の主張は争う。

三  被告らの主張

1 損害賠償請求について(被告ボース工事センター及び同井上)

本件事故は、原告らが共謀の上故意に招致したものであり、被告ボース工事センター及び同井上は、井上車の運行に関し注意を怠らなかったし、同車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかったから、右被告らは自賠法三条但書により免責されるべきである。

2 保険金請求について(被告東京海上、同大正海上、同エイアイユー、同アメリカン・ホーム及び同アメリカン・ライフ)

本件事故の原因は甲事件について指摘したとおりであり、原告らとの各保険契約約款所定の免責事由「被保険者の故意又は重大は過失」に該当するから、右被告らは原告らに対し本件交通事故による受傷を原因とする保険金を支払う義務はないというべきである。

四 被告らの主張に対する原告らの認否

本件事故を故意招致とする被告らの主張事実は否認する。なお、2のうち免責事由の約款規定があることは認める。

第三 証拠<省略>

理由

第一甲事件

一請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二同2(受傷内容と入・通院の経過)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、更に被告和田は昭和五八年一一月三〇日から昭和五九年一月一四日まで長谷川病院に、被告左沢は昭和五八年一一月一〇日から同年一二月一二日まで同病院にそれぞれ通院していることが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、被告らの右入院、通院の必要性の有無は後に判断する。

三同3(当事者らの地位)の事実は当事者間に争いがなく、原告らはそれぞれ同所記載の責任原因に基づいて被告らに対し、本件事故につき保険責任、損害賠償責任を負担する地位にあるものというべきである。

四しかるところ、原告らは、本件事故は保険金、損害賠償金目当てに被告らが共謀の上故意に仕組んだ事故であるなどと主張して、本件事故につき免責を主張するので判断する。

1  前記事実に、<証拠>によれば、

(一) 昭和五八年八月六日午前六時四〇分ころ、当時原告ボース工事センターの従業員であった井上は、上司的立場にあった訴外矢口実(以下「矢口」という)と共に仕事先に赴くため同人を助手席に同乗させ、井上車を運転して東名高速道路の用賀インターチェンジ(以下「用賀インター」という)から環八通りに降り、三車線ある内の第一車線を瀬田交差点方面に向って時速約五〇ないし六〇キロメートル程度で南進した。そのころ交通量は閑散としており、同車線には先行車はなく、第二車線には前方に大型貨物自動車(以下「トラック」という)が一台走行しているのが井上車から視認されたほかは、第三車線を和田車が走行しているのみであった。同車は用賀インターを過ぎた付近で井上車を追い抜き、第二車線を挟んで前方に位置してしばらく走行を続けた。かくするうち、井上車は世田谷区玉川台二丁目一二番付近路上(用賀インターと瀬田交差点間の中間点を過ぎた同交差点寄りの地点)に達したところ、第一車線がやがて左折専用車線となることから、先行するトラックの数一〇メートル後方に追従する形で第二車線に車線変更したところが、その直後に和田車が左ウインカーを点ずるやいきなりトラックと井上車の間に割り込む形で第二車線に進入した上、ほとんど急停止状態をもたらすほどの急激な制動措置を採った。このため井上は慌てて急制動措置を採り、追突を回避しようとしたが停止しきれず、和田車に追突するに至った。

和田車が急制動措置を採ったとき、トラックは格別車線変更や減速措置を講じた様子はなく、また、第一車線、第三車線のいずれにも走行車両はなかった。したがって、和田車は急制動措置を採らなくてもトラックに追従して走行を続けられる状況であったし、また、仮にトラックとの車間距離が短かすぎ危険を感じたとしても、左右いずれの車線にも容易かつ安全に転出できたのであり、和田車が前記のような急制動措置を採らなければならない状況にはなかった。

(二) 被告らの交友関係及び同人らをめぐる保険事故歴等

被告和田、同左沢及び同安保並びに祖父江は、本件事故前グリーンキャブ弦巻営業所で共にタクシー乗務員として勤務し、互いに交友のあった間柄である。このうち、被告左沢は本件事故当時グリーンキャブに勤務していたが、被告和田は昭和五七年一二月末ころ同僚とのいざこざが原因で祖父江と共に退職しており、被告安保は昭和五八年四月一九日にグリーンキャブを退職している。なお、祖父江はいわゆる右翼団体である民族連合の傘下にある雄志会の会員として活動していた。

ところで、昭和五五年ころから雄志会の会員が交通事故の被害者の代理人として示談介入する事案が損害保険業界で目につくようになり、警視庁及び損害保険会社は東京都損害保険防犯対策協議会を設置して実態の調査を行い、対策を講ずるようになった。右調査の結果によると、保険金目当ての故意事故と強く疑われるものも散見されており、また、こうした事故にタクシーの乗務員がかかわる例がみられ、グリーンキャブにおいても類似の例が起きている。すなわち、被告和田らがグリーンキャブに勤務中のころ、運転手仲間の間で、故意に交通事故を惹起し、保険金を騙取しようとの話題が交されることがあり、被告左沢はこれを耳にしていた。実際にも、昭和五七年五月二九日グリーンキャブのタクシー乗務員仲間があらかじめ数社の保険契約を締結した上で、山本の運転する乗用車に同乗し、情を通じた仲間の運転する別の車両に追従して走行中、同車に追突するのを避けるかのごとく装って、山本において必要もないのに急制動を講じ、情を知らない後続車をして山本の車両に追突させ、受傷したとして保険金を騙取するという事件を起こしている(右事故の関与者らは昭和五九年一二月一三日詐欺罪で有罪判決を受けている)。なお、山本はグリーンキャブにおいて被告和田と親しい間柄にあった者である。

さらに被告らについてみると、被告和田はグリーンキャブを退職した後、後記のとおり祖父江の勧めにより同人と共にいくつかの交通傷害保険等を締結していたところ、昭和五八年一月一一日同人を同乗させて運転中追突事故を受けたことから、これを奇貨として右追突車の運転者及び保険会社に対し、右翼団体の名前を持ち出す等して賠償金名下に多額の金員(約九四五万円、祖父江は約九〇〇万円)を受領したものであるが、後に恐喝罪で起訴され、実刑判決を受けて服役している。

また、同被告は右事故後祖父江と共に同年六月ころまで井上病院に長期入院、通院しているが、そのころ被告らは雄志会の有力会員と新たな親交を結び、また、祖父江の企図に係る保険金目当ての偽装事故計画に関与するに至っている。すなわち、被告和田は右入院中偶々高血圧症で入院中の被告古賀と知り合うに至った。同被告は祖父江と同じく雄志会の会員であり、同会の活動を差配する事務局長の地位にあった者であり、これを機に被告ら全員の交友関係が形成された。さらに、同病院には訴外木林裕幸(以下「木林」という)なる者が入院していたところ、祖父江は同年二月下旬ころ木林に対し、交通事故を装い保険金を騙取することを持ちかけたものであるが、その際被告和田は木林に対し、金銭に困窮しているのであれば祖父江の誘いを手伝うよう勧めている。木林は結局これを承諾し、祖父江から資金を得ていくつかの保険契約を締結した。右謀議に係る事故計画はその後昭和五九年二月二五日に実行されたが、右事故の態様は、祖父江、木林の乗ったタクシーに仲間である訴外横山旭が運転して追従し、ころ合いを見計って右タクシーに追突したというものである。ところで、右事故の当初の計画では、右横山役は被告安保が担当し、更に被告左沢もこれに加わる手筈になっていたのであるが、右被告両名は結局右実行には加わらなかった。そのため右被告両名は祖父江に対し詫び料を支払っている。

右のほか、被告安保は、本件事故に係る保険金請求手続を祖父江にゆだねており、被告左沢は、雄志会の会長である佐藤を介して勤務実績のない訴外有限会社グリーン広告社の休業損害証明書を取得、提出するなど、交通事故に係る保険金請求に関して雄志会の有力者らと交友を深めていた。

(三) 被告らの付保状況と経済状態

被告らは別紙保険目録(二)記載のとおり、本件事故発生の日以前にいずれも交通事故等による傷害や入院の際に保険金の給付を得られる普通傷害保険、交通傷害保険、災害特約付生命保険、郵政省簡易保険等の各種の保険契約を締結し、あるいは塔乗者保険の被保険者となっている。このうち被告和田は、責任開始日が昭和五八年一月一一日の事故前のものが三件、同年五月から八月にかけてのものが三件であり、被告左沢は同じく昭和五七年一二月一日のもの一件のほかは昭和五八年六月から七月のものが六件であり、被告安保は同年六月に責任開始のものばかり五件であり、被告古賀は昭和五七年七月、九月責任開始のものが各一件、昭和五八年六月ないし八月のものが三件である(以上の事実は当事者間に争いがない)。なお、被告左沢及び同安保は、原告東京海上火災保険株式会社との契約を昭和五八年六月一三日に祖父江宅で同時に行っている。

ところで、被告らはそれぞれ右保険契約を維持するために毎月被告和田が一〇万六一四五円、同左沢が一〇万四四八六円、同古賀が七万五〇五五円、同安保が六万八九二五円の保険料の支払を要していたものであるが、当時の被告らの経済状態をみるに、被告和田は妻と子二人を扶養する借家住いの身であるが、昭和五七年一二月末にグリーンキャブを退職した後、間もなく前記交通事故に遭って長期間入院するなどのため就業せず、親戚の左官業をわずかな期間手伝った形跡がうかがわれるのみであり、グリーンキャブ退職後は定収入はない。

次に左沢は、グリーンキャブに勤務しているが、その収入は月額約三〇万円程度の給与であり(同被告は更に洗車アルバイトで月額三〇万円程度の副収入があったというが、これを認めるに足りる客観的な資料はない)、妻と子供二人を扶養していた。また、被告安保は、昭和五八年四月にグリーンキャブを退職して以来定職はなく、祖父江に生活の援助を受けていた。最後に、被告古賀は昭和五八年六月二七日まで訴外新東洋交通株式会社にタクシー乗務員として在籍しているが、同日前の約七か月間は高血圧症のため長期入院(井上病院)するなど欠勤しており、この間正規の給与収入はなく、右退職後は雄志会の活動による小使い程度の収入、サラ金の取立料収入しかなく、その中から月額一〇万円近いアパート代の支払、離婚に伴う子供への養育費の仕送り等をしていた。加えて、被告らはいずれもサラ金業者から借金をし、その返済に追われる状態にあった。

被告らは、係る経済状態の下で通常一般人の水準からすると異常に高額な保険料の払込みをしていたものである。

なお、被告らの加入していた生命保険は、被告左沢の加入していた別紙保険契約目録(二)の二、1(訴外日本生命保険相互会社、以下「日本生命」という)を除き、いずれも本件事故後保険料未納付により失効している。また、被告左沢、同古賀は本件事故により傷害を被ったとして訴外第一生命保険相互会社、同朝日生命保険相互会社、同東京生命保険相互会社及び日本生命に対して災害入院給付金の請求をしたものであるところ、逆に右各保険会社から保険金支払債務不存在確認請求の訴え(東京地方裁判所昭和六二年(ワ)第八七〇七号)を提起され、何らの応訴活動を行わず、欠席判決を受けてこれを確定させている。

(四) 被告らの受傷の有無

本件事故により和田車に加えられた衝撃は後部バンパーにわずかな損傷が生じた程度のものであり、井上車も和田車に比較すると損傷(前部)は大きいとはいえ、さしたるものではなく、事故後安全に自力走行する上で別段の支障はなかった。

事故後被告和田は降車するなり、井上、矢口に対し「俺はこういう者だ」と言って右翼団体に所属することを表示する名刺を呈示した。しばらくして警察官が到着するや、それまで受傷につき何ら発言がなかったのに、被告らは突然被告和田を中心に「首が痛い」などと言い出し、被告古賀及び同安保は救急車で井上病院へ入院し、その余の被告らも翌日から前記のとおり入院するに至った。

かくして、被告らはいずれも延々長期間の入院、通院治療を受けることになるのであるが、いずれの被告についても前記診断名に沿う主訴はあるものの、主張に係る受傷を裏づけるに足りる他覚的所見はなく、かかる長期間の入院、通院をうかがうことは極めて困難である。

以上の事実が認められ、証人井上豊伸の証言中並びに被告和田守、同古賀久雄及び同左沢洋二の各本人尋問の結果中右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 前記認定事実によれば、被告らの付保状況は、保険料負担能力を大幅に上回る多数の保険に加入し、しかもそのすべてが自動車事故に適用のある災害入院(大半が通院も)給付金保障付のものであるなど(生命保険は一件を除き本件事故後保険料未納付により失効)合理的な理解を越える特異なものであり、また、受傷から入・通院の経過の点も、そもそも受傷自体に多大の疑問が残ることを否めないばかりか、明確な他覚的所見もないのに通常では到底考えられない長期の入院に及んでいるなど異常なものというべきである。さらに、本件事故は発生の経緯、態様に照らしおよそ偶発的なものとは認め難いといわなければならない。すなわち、被告和田の割込み及びその直後の急制動措置は井上車の追突を必至とし、通常の運転作法から著しく逸脱する無謀ともいうべき危険な操作である。職業運転手として豊富な運転経験と手馴れな技量を有する同被告が右の無謀を認識できないはずはなく、かかる操作を行ったことは(しかも同被告の技量をもってすれば割込み後であっても左右直線への転出がた易いことであったと思われるのにこれを採っていないことを合わせ考えると)、偶発的というには余りにも不自然である。むしろ、同被告は自らの運転技量に信頼があればこそ、危険なことは承知の上で、先行のトラックと井上車の速度、両車両の間隔、左右隣接車線の走行車両の有無等四囲の状況を十分把握し、発生するであろう事故の態様、程度を大事に至らせず、本件事故程度にとどめ得ることを計算した上間合いを見計らって敢行に及んだものとみるのが合理的というべきである。

このようにみてくると、被告らは、職場(グリーンキャブ)及びこれから展じた交友関係を通して直接、間接に本件のような交通事故を装うことにより、さしたる危険を負うこともなく容易に多額の保険金ないし賠償金を取得できることを知り、共謀の上、多数の災害入院等特約付保険に加入し、保険事故経験のある被告和田を運転者に選び、偶発性を装って本件事故を作出し、長期の入院、通院を行って原告らから保険金ないし賠償金を騙取しようとしたものと断定するほかはないというべきである。

3 すると、本件事故については、原告ボース工事センターは、本件事故発生が専ら被告和田の故意によるものであって、同原告及び井上には過失がなく、また、井上車に右事故の原因となる機能障害、構造上の欠陥がなかったことは被告らの明らかに争わないところであり、これを自白したものとみなされるから、自賠法三条但書により免責されるべきであり(民法七一五条の責任が成立しないことはいうまでもない)、右原告と原告千代田火災を除くその余の原告らは、約定の故意免責の規定(右規定の存在は当事者間に争いがない)により同じく免責されるというべきである。

したがって、本件事故につき、被告らに対する損害賠償債務又は保険金支払債務の存在しないことの確認を求める原告ら(原告千代田火災を除く)の請求はすべて理由があるものといわなければならない。

五進んで不当利得返還請求について判断する。

被告らが原告エイアイユー(被告和田に対する関係のみ)及び同千代田火災からそれぞれ請求原因5の(一)、(1)に記載のとおり本件事故による保険金ないし損害賠償金名下に金員を受領し、右相当の利得を得ていることは、被告和田及び同左沢との関係では争いがなく、被告古賀及び同安保との関係では右被告両名は明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきところ、右事実に前記認定、判断の結果によれば、被告らは、右原告らに右金員を支払うべき義務がないにもかかわらず、これがあるかのごとく装って右金員を騙取し、右相当の損害を与えていることが明らかというべきであるから、悪意の不当利得者として民法七〇四条によりそれぞれの支払原告に対し、受領金員に遅延損害金を付して返還すべき義務があるといわなければならない。

すると、右原告らの不当利得返還請求はいずれもすべて理由があるものというべきである。なお、遅延損害金の起算日は右原告らの主張の限度で、被告らの右受領後である本訴状送達の日の翌日と認定するが、これは被告和田については昭和五九年二月一日、被告左沢及び同古賀についてはいずれも同年一月二九日、被告安保については同年三月二二日であり、いずれも本件記録により明らかである。

第二乙事件

本件事故が原告らの共謀により故意に招致されたものであり、被告らが原告らに対し本件事故につき何ら保険金ないし損害賠償金支払債務を負うものではないことは、第一において認定説示したとおりであるから、これをここに引用する。

すると、その余について判断するまでもなく、原告らの乙事件に係る請求はすべて理由がなく、失当なことが明らかといわなければならない。

第三結語

以上のとおり、甲事件における原告らの請求はすべて理由があるから認容するが、乙事件における原告らの請求はすべて理由がなく、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官藤村啓)

別紙交通事故目録

一 事故発生年月日 昭和五八年八月六日 午前六時四〇分ころ

二 事故発生場所 東京都世田谷区玉川台二丁目一二番付近路上

三 事故態様 甲事件被告・乙事件原告和田守が運転し、同左沢洋二、甲事件被告古賀久雄、同安保一秋の三名が同乗中の普通乗用自動車(品川三三ぬ五一〇六)に乙事件被告井上豊伸運転の普通貨物自動車(足立四五の四九二〇)が追突した事故。

別紙保険契約目録(一)

一 保険者 東京海上火災保険株式会社

保険契約者 和田守

保険契約の種類 塔乗者傷害保険

被保険者 和田守外普通乗用自動車(品川三三ぬ五一〇六)の塔乗者

保険金額 入院一日につき一万五〇〇〇円 通院一日につき一万円

保険期間 昭和五八年六月一〇日から昭和五九年六月一〇日

二 保険者 東京海上火災保険株式会社

保険契約者 左沢洋二

保険契約の種類 交通傷害保険

被保険者 左沢洋二

保険金額 入院一日につき一万五〇〇〇円 通院一日につき一万円

保険期間 昭和五八年六月一三日から昭和五九年六月一三日

三 保険者 東京海上火災保険株式会社

保険契約者 安保一秋

保険契約の種類 交通傷害保険

被保険者 安保一秋

保険金額 入院一日につき一万五〇〇〇円 通院一日につき一万円

保険期間 昭和五八年六月一三日から昭和五九年六月一三日

四 保険者 大正海上火災保険株式会社

保険契約者 和田守

保険契約の種類 積立ファミリー交通傷害保険

被保険者 和田守

保険金額 入院一日につき一万五〇〇〇円 通院一日につき金一万円

保険期間 昭和五八年一月八日から昭和五九年一月八日

五 保険者 エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

保険契約者 和田守

保険契約の種類 普通傷害保険

被保険者 和田守

保険金額 入院一日につき四〇〇〇円 通院一日につき二〇〇〇円

保険期間 昭和五八年六月一日から昭和五九年六月一日

六 保険者 エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

保険契約者 左沢洋二

保険契約の種類 普通傷害保険

被保険者 左沢洋二

保険金額 入院一日につき四〇〇〇円 通院一日につき二〇〇〇円

保険期間 昭和五八年六月一日から昭和五九年六月一日

七 保険者 エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

保険契約者 安保一秋

保険契約の種類 普通傷害保険

被保険者 安保一秋

保険金額 入院一日につき四〇〇〇円 通院一日につき二〇〇〇円

保険期間 昭和五八年六月一日から昭和五九年六月一日

八 保険者 アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー

保険契約者 和田守

保険契約の種類 普通傷害保険

被保険者 和田守

保険金額 入院一日につき五〇〇〇円

保険期間 昭和五八年五月一日から昭和五九年五月一日

九 保険者 アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

保険契約者 左沢洋二

保険契約の種類 入院保障特約付終身保険

被保険者 左沢洋二

保険金額 入院一日につき六〇〇〇円

責任開始日 昭和五八年六月一日

一〇 保険者 アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

保険契約者 安保一秋

保険契約の種類 新災害保障特約付終身保険

被保険者 安保一秋

保険金額 入院一日につき六〇〇〇円

責任開始日 昭和五八年六月一日

別紙保険契約目録(二)

一 被告和田守(左記六件の普通傷害保険、交通傷害保険、災害特約付生命保険契約)

1 責任開始日 昭和五八年一月六日

契約先 砧農業協同組合

種類 入院給付特約付生命共済

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 一万一二一〇円

2 責任開始日 昭和五八年一月六日

契約先 郵政省

種類 簡易保険

災害入院特約 入院一日当たり一万五〇〇〇円

保険料(月額) 二万七五〇〇円

3 責任開始日 昭和五八年一月八日

契約先 大正海上火災保険株式会社

種類 積立ファミリー交通傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり一万五〇〇〇円

同通院特約 通院一日当たり一万円

保険料(月額)三万八三八〇円

(保険契約目録(一)の四と同一保険)

4 責任開始日 昭和五八年五月一日

契約先 アメリカン ホーム アシュアランス カンパニー

種類 普通傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 一八〇〇円

(保険契約目録(一)の八の保険と同一)

5 責任開始日 昭和五八年六月一日

契約先 エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

種類 普通傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり四〇〇〇円 通院一日当たり二〇〇〇円

保険料(月額) 四一七二円

(保険契約目録(一)の五と同一保険)

6 責任開始日 昭和五八年六月一〇日

契約先 東京海上火災保険株式会社

種類 塔乗者傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり金一万五〇〇〇円 通院一日当たり金一万円

保険料(月額) 一万二七三三円

(保険契約目録(一)の一と同一保険)

二 被告左沢洋二

1 責任開始日 昭和五七年一二月一日

契約先 日本生命保険相互会社

種類 災害入院特約付き生命保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 二万九七六〇円

2 責任開始日 昭和五八年六月一日

契約先 エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

種類 普通傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 四一七二円

(保険契約目録(一)の六と同一保険)

3 責任開始日 昭和五八年六月一日

契約先 アメリカンライフインシュアランスカンパニー

種類 災害入院給付特約付生命保険

災害入院特約 入院一日当たり六〇〇〇円

保険料(月額) 二万四一五六円

(保険契約目録(一)の九と同一保険)

4 責任開始日 昭和五八年六月一〇日

契約先 東京海上火災保険株式会社(契約者和田守)

種類 塔乗者傷害保険

給付金額 入院一日当たり金一万五〇〇〇円 通院一日当たり一万円

(保険契約目録(一)の一と同一保険)

5 責任開始日 昭和五八年六月一三日

契約先 東京海上火災保険株式会社

種類 交通傷害保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円 通院一日当たり一万円

保険料(月額) 一五〇〇円

(保険契約目録(一)の二と同一保険)

6 責任開始日 昭和五八年六月一七日

契約先 郵政省

種類 簡易保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円 通院一日当たり一万円

保険料(月額) 二万三七九八円

三 被告安保一秋(左記五件の普通傷害保険、交通傷害保険、災害特約付生命保険契約)

1 責任開始日 昭和五八年六月一日

契約先 エイアイユーインシュアランスカンパニー

種類 普通傷害保険

災害入院特約 入院一日当たり四〇〇〇円

保険料(月額) 四〇〇〇円

(保険契約目録(一)の七と同一保険)

2 責任開始日 昭和五八年六月一日

契約先 アメリカンライフインシュアランスカンパニー

種類 災害入院特約付生命保険

災害入院特約 入院一日当たり六〇〇〇円

保険料(月額) 二万三二五八円

(保険契約目録(一)の一〇と同一保険)

3 責任開始日 昭和五八年六月四日

契約先 郵政省

種類 簡易保険

災害入院特約 入院一日当たり一万五〇〇〇円

保険料(月額) 二万二三〇〇円

4 責任開始日 昭和五八年六月一〇日

契約先 東京海上火災保険株式会社(契約者和田守)

種類 塔乗者傷害保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円 通院一日当たり一万円

(保険契約目録(一)の一と同一保険)

5 責任開始日 昭和五八年六月一三日

契約先 東京海上火災保険株式会社

種類 交通傷害保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円 通院一日当たり一万円

保険料(月額) 一五〇〇円

(保険契約目録(一)の三と同一保険)

四 被告古賀久雄(左記五件の普通傷害保険、交通傷害保険、災害特約付生命保険契約)

1 責任開始日 昭和五七年七月一五日

契約先 日本生命保険相互会社

種類 災害入院給付特約付生命保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 一万一五三五円

2 責任開始日 昭和五八年八月一日

契約先 朝日生命保険相互会社

種類 災害入院給付特約付き生命保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 一万一八二〇円

3 責任開始日 昭和五七年九月二日

契約先 第一生命保険相互会社

種類 災害入院給付特約付き生命保険

災害入院特約 入院一日当たり五〇〇〇円

保険料(月額) 一万一二〇〇円

4 責任開始日 昭和五八年六月一〇日

契約先 東京海上火災保険株式会社(契約者和田守)

種類 塔乗者傷害保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円 通院一日当たり金一万円

(保険契約目録(一)の一と同一保険)

5 責任開始日 昭和五八年七月二一日

契約先 郵政省

種類 簡易保険

給付金額 入院一日当たり一万五〇〇〇円

保険料(月額) 四万〇五〇〇円

別表Ⅰ、Ⅱ<省略>

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